人間が住む王都レアスの外れ、密生する森の中には、獣人族の精鋭戦闘部隊がひそんでいる。
その中でも、際立った存在がいる。部隊長である”霹靂のアインフェルト”。彼はユニコーン族の中でもその実力と風貌で名を馳せているのだ。
銀色の長髪が風に舞い、彫刻のような端正な顔立ちには、中央の額に螺旋状の一角が誇らしげにそびえ立っている。
彼の右手には、彼とともに数々の戦場を駆け抜けてきた愛槍「ホーンスピア」が握られている。
アインフェルトは、子供の頃からその非凡な才能を持っていたことで知られていた。彼の師匠は、彼に1カ月程武術を教えた頃に、周りの友人に「10年後には、彼の前に立つ者は少ないだろう」と話しをしてた。
それを証明するかのように、5年前、アインフェルトは一人の子供の命を救うため、騎士団からも恐れられる「喫血十二魔」という一味に立ち向かった。十二魔は、それぞれ得意とする武器を扱い、全員凄腕だ。彼らの殺戮の現場は、生存者は殆どなく、悲惨なほど血だらけになる事からその通り名がつき、皆に恐れられていたのだ。
アインフェルトは、ホーンスピアを手に、十二魔と激しく戦い、10人を討ち取り、2人には深手を負わせるという驚異的な戦果を上げ、子供を無事に救出した。現場調査すると、なんと5人は、武器を抜く前に殺され、3人は一撃で武器と同時に身体一部が粉砕された。あとは、数手交わってから殺されたか、重傷瀕死になったのだ。
アインフェルトは、その後も、圧倒的な強さと、数多くの戦功により、”霹靂のアインフェルト”と言われるようになった。
そして数カ月前、彼は獣王国騎士団の最も名誉ある部隊の一つ、「駿逸騎士団」の部隊長に最年少で任命された。騎士団の入隊テストで、アインフェルトが「矢雨覆山」と称される最強の弓使い、騎士団団長との一騎打ちを行い、その結果が互角であったという噂だ。
そして、今、アインフェルトは、部隊とともに戦の布陣を取っている。彼らの任務は、森を進む人間の輸送部隊を撃退することである。
アインフェルトには、気になる噂があった。 それは、獣人族の中でも名のある戦士が、どうやら人間の女性に敗れたというものだ。しかし、敗れたと言っても、命を失うところかほとんどは無傷だった。
しかし、彼らの心は打ちのめされ、誇りを持って戦ってきた獣人族の面影はまるでなかった。一体何が起こったのか?彼らは何も語ろうとしなかった。
アインフェルトが考えを巡らせている中、彼の隣に風のような速さで一人の軽装の兵士が姿を現して、アインフェルトの耳元に静かに何かを囁く。聞き終わったアインフェルトは、ゆっくりと手を上げ、部隊全体に向けて語りかける。
「人間の輸送部隊がもうすぐこちらに到達する。多くの者は既に知っていると思うが、人間は神の加護を失っている。だが、彼らの防具や武器には魔力宿っている。油断するな、準備を整えろ。」
声自体は小さかったが、部隊全員には、まるで耳元で言われたようにはっきりと聞こえている。
このように声を魔力で拡散させることなく各位の耳に届けられることは並みの魔力ではできない。
しばらくしてから、輸送部隊が林の間を進む音が響き始め、アインフェルトとその仲間たちは、部隊の近づく姿を静かに観察する。
緑の葉の間から、三台の重厚な荷馬車が一列に進む姿が見えた!
それぞれの荷馬車を取り囲むように、鎧に身を包んだ護衛の兵士たちが歩んでいる。
彼らの歩様からは訓練された確かな経験が感じられ、そのまっすぐな視線には緊張感が漂っている。
兵士たちの中でも一際目立つ存在がいる。隊列の真ん中に、銀色の軽装鎧を纏った美しい女性兵士がたたずんでいる。
その鎧は、まるで彼女のためだけに作られたかのようにピッタリとフィットし、女性の優雅なボディラインを際立たせており、腰元には、無駄な装飾が一切ないが、微かに光る細剣が添えられているのだ。
アインフェルトは、彼女の存在に気づくと、心の中で警戒が芽生える。
彼女の雰囲気、持ち物、そして何よりその視線。彼女がただ者でない!
アインフェルトはその女性兵士を見つめながら、一瞬の疑問を抱く。「この女は、果たして噂の人間の女性なのだろうか…。」
鳥たちのさえずりが静かに響く中、アインフェルトの指がわずかに動き、その一瞬を合図に、獣人族の部隊は、力強く地を蹴って前に進む!彼らの動きは、強風を伴い、草木が激しく揺れる中、突風のような速さで輸送部隊へと突撃する。
人間の兵士たちは、先手を打たれると同時に、驚きの声を上げたが、速やかに戦闘モードに入る。
獣人族精鋭部隊の勢いに圧倒されながらも、彼らは訓練された技を信じて、立ち向かう!
だが、獣人族の圧倒的な筋力と魔力の前では、人間たちは難しい戦いを強いられる。
地面が揺れ、空気が震えるような戦いが繰り広げられ、しばらくすると獣人族の優位が明確となる。
中でもアインフェルトは、ホーンスピアを手に、人間たちを次々と圧倒している。
槍の動きは、まるで舞踏のように軽やかでありながら、その一撃一撃には絶大な威力が秘められている。
多くの人間の兵士たちが彼の前に立ちはだかるも、一瞬で倒される。
人間が劣勢の中、軽装の鎧をまとった女性兵士だけは違う。彼女の細剣の一振り一振りは、魔力を秘めたものであり、多くの獣人族を驚愕させる。
彼女の動きは、まるで風のように軽やかで、繰り出す剣は、まるで夜空の流星のように速く、獣人たちに次々と傷を負わせる。あのアインフェルトですら彼女の攻撃を予測するのは難しい。
そして、ついにアインフェルトと女性兵士の間に距離が縮み、二人は互いを見つめ合う。彼らの間には、緊張感が漂っている。
戦いの音、歓声、悲鳴、全てが遠く感じられる中、二人はゆっくりと歩み寄り、宿命の戦いが始まる。
女性兵士の攻撃は、疾風の如く、瞬時にアインフェルトに迫る。彼女の剣の刃は、微かな青白い光を放ちながら、風を切ってアインフェルトの首筋へと向う。
その動きは、まるで光が瞬くような速さで、その一瞬の動きは捉えられないほどのものだ。
しかし、アインフェルトはその速さを見切っている。 ホーンスピアで、剣の軌道を払いのける。
槍の動きは、風のように滑らかさを持ちながらも、鋼鉄のような重さで女性兵士の剣を追い返す。二人の武器が交差した瞬間、金属の鳴る高い音が響き渡る!
彼女は少し驚きの表情を浮かべるが、すぐに攻撃できる構えを取り、次なる一撃を放つ準備を始める。
「人間とは思えぬ実力だ。だが、私の力を前にすれば、その技も霞む」と、アインフェルトの言葉が響き渡る。そして、アインフェルトは、湧き上がる膨大な魔力を全身に纏い始め、空気が激しく揺れ、地面がゆるむほどの迫力だ。
場にいる全ての者たちが凄まじい魔力に息を呑み、一時の静寂が広る。
しかし、その圧倒的な魔力の前でも、女性兵士は一歩も退かず、闘志を燃やしてアインフェルトに立ち向う!
彼女の剣からは、一瞬のうちに4つの斬撃と8つの突きがアインフェルトに向かって放たれた。それは幻影のような速さで、実体の有無を見分けることができず、その攻撃が通り過ぎる場所には、落ち葉や草木が細かく切り裂かれて飛び散る!!女性兵士が持つ絶技である。
同時に、アインフェルトは冷静に己の魔力を右腕に集中させると、手に握るホーンスピアは緋色に輝き、まるで雷神の怒りを秘めたかのように、強烈な一撃を放つ。それは、「鬼哭神号」の一撃の如く、女性兵士の繰り出した技を容易に打ち消すと、彼女は、ゆっくりと膝を崩す。
アインフェルトは、彼女の姿を見下ろしながら、冷静に「君の努力は認める。」と淡々と言い、止めを刺そうとする。
突如として、アインフェルトの直感が警戒を告げた。右側に振り向くと森の奥に、深緑の服装を纏い真っ黒な髪をなびかせる少女の姿がいた。
その少女の顔立ちは美しく、彼女の瞳は宝石のように輝き、その輝きの中には無邪気で大きな笑顔が映っていた。
アインフェルトはその笑顔に一瞬戸惑う。戦火の中で、こんなにも純粋な笑顔を浮かべる少女がいるなど、彼の想像を超えているからだ。
「こんな場所で笑っているなんて… 恐怖で理性を失ったのか?」アインフェルトは、そう考え、女性兵士に止めを刺そうとする。
そう、一瞬の出来事!アインフェルトの視界に、遠くの森から見ていた少女が突如として現れた。 彼女の速さは、まるで空間を歪めるかのようで、アインフェルトの鋭い感覚でも追えなかった!
その時、彼女の麗しい瞳と満面な笑顔が、彼の目の前に迫る。 そして、少女は明るく、キャピキャピとした声で「超きゃわいい~~♡!ユニコーンのコスプレしているのにゃんこなの?」と言いながら、アインフェルトに強く抱きつく!!
アインフェルトは、固まった。 彼の経験豊富な実戦の中に、このような出来事を対処する方法は存在しないのだ。 疑問と驚きが交錯すると、少女を素早く押しのけ、数歩後ろに跳び退く。
「一体、何者だ、この人間は…?」と、彼は混乱しながらも、即座に自分の喉元や顔を確認し、ヴァンパイア族やその他の生物の攻撃を受けた痕跡を探す。 しかし、彼の肌には何も変わった痕跡は見当たらない!「ヴァンパイアではない… そして魔力の感触もない。まさか、ただの人間か?」と疑問に思う。
突如、きゃぴきゃぴした明るい声「え~逃げないで~よん!」とともに、少女がアインフェルトに再び飛びつこうとする。
「茶番は終わりだ!下賤な人間が私に触れることなど、許せん!」と心の中で思い、アインフェルトは魔力を腕部とホーンスピアに集中させ、少女に向かって突き出した。 その攻撃は、まるで大樹をも崩せるほどの一突きで、少女が跡形もなく消えることを確信する。
しかしながら、予想とは裏腹に、アインフェルトの槍は少女に当たらない。 外した一撃の風圧と魔力により、少女の斜め後ろにある大樹に穴をあける!
一方で、少女は、まるで何もなかったかのように、無傷で立っている。
少女は、アインフェルトに飛びつき、彼の顔に自らの頬を押し付け、愛らしく「きゃわいいいいい」と繰り返しながらぐりぐりするのだ。
この予想外の出来事に、アインフェルトは、完全に硬直する。
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